Pentaxのカメラに付属するPentax Digital Camera UtilityはRAW現像する際にカメラ側の設定を完全に反映できないことは周知の事実。バージョン5になってだいぶマシにはなってきたが、それでもエクストラシャープネスなどいくつか反映できない項目が存在する。またカスタムイメージなどの設定を反映できても、それはあくまでも「模倣」であり、カメラが生成するJPEGとはまったく同一にはならないこともうるさいユーザーには当たり前の事実。
ご存知のようにPentax Digital Camera Utilityは実質的にSilkypixを販売する市川ソフトラボラトリーが開発しているので、それは仕方のないことと思っていた。これまでPentaxに対してカメラ側の設定を完全に反映するように改良せよというような意見を述べたことがあった。しかし、それは事情をよく知らないユーザーの戯言であり、実は無理な相談なのだということがわかってきた。カメラ側の設定を完全に反映することが技術的に不可能なのではなく、「大人の事情」によってできないということなのだ。
それはとある方のブログにちらっと書いてあったことによりヒントを得たのだが、なるほどそういうことだったのかと確信するに至った。だから、いくらPentaxに改良を要望しても無駄なのだ。
その方は最近LUMIX GX7のユーザーになられたのだが、GX7のインプレッションの中でRAW撮影に対する不満をぶちまけておられた。何が不満なのかと言えば、カメラ側で設定できる機能のほとんどがRAWでは反映されないということなのだ。たとえばPanasonicではアートフィルターに相当する機能を「クリエイティブコントロール」と呼んでいるが、それらをRAWに対して後から適用することは一切できないという。Olympusユーザーには当たり前と思っていることが全くできないとは驚きである。またノイズを増やさずに見た目の解像感を向上させるという「新・超解像技術」もRAWに対しては適用できないのだそうだ。それを使いたければJPEGで撮るしかない。
ここで思い当たることといえば、PanasonicもPentaxと同じく現像ソフトにはSilkypixの機能限定版を付属させているという点である。なあんだ、それならできなくて当然、とPentaxユーザーならすぐに気付くであろう。ではなぜSilkypixだとカメラの機能を完全に再現できないのか? ここが核心なのだ。
ご存知のようにRAWというのはセンサーが捕らえた光の強弱をRGBごとに記録したものであり、それだけでは映像として成り立たない。そこから人間の目に見える映像にするためには、RGBの各情報から演算して補間を行い、フルカラー画像を生成する処理、いわゆるデモザイク処理が必要となる。デモザイクのアルゴリズムにもさまざまな手法があり、それは各メーカーが工夫を凝らしているノウハウの塊である。もちろんホワイトバランスもメーカーによって独自のアルゴリズムを持っている。つまりメーカーごとの画質の「味」というのもそういうところから生じるのだ。
また、より画質を向上させるためには、ノイズ低減処理、シャープネス処理は必須であるし、最近ではアートフィルターのような積極的な画像加工も標準的になってきている。さらにはメーカー独自の「秘伝のタレ」的な技術も各社しのぎを削っている。たとえばPanasonicでいえば上述の「新・超解像技術」があてはまるし、Pentaxではエクストラシャープネス、Olympusではファインディテール処理、富士では点像復元技術などがある。これらはいずれも画像をブラッシュアップするための技術であり、デジタルカメラの性能が横並びになってきた現在、他社との差別化をする上で絶好のアピール材料になる。
そしてこれらの処理を一手に引き受けているのがいわゆる画像処理エンジンだ。メーカーによって呼び名は異なるが、NikonならEXPEED、CanonならDIGIC、OlympusならTruePic、PentaxならPRIME、Panasonicならヴィーナスエンジンと呼んでいるものがそれに該当する。これらは基板の上に配置されたLSIであるが、その実体は小さなコンピュータであり、当然それを制御するソフトウェアを持っている。画像処理エンジンというのはデジタルカメラが持つ複雑な機能を超高速で処理するために最適化された専用コンピュータであり、それ自体がノウハウの塊といえる。
ここまで書けば勘の良い人はもうお気づきであろう。つまり、Silkypixでカメラの機能を完全に再現させるためには、ノウハウの塊である画像処理エンジンの中身を市川に全部渡さなければならないことを意味するのだ。メーカーが莫大な資源を投入して開発した門外不出の機密情報を第三者に丸裸にするようなことは絶対にあり得ないと言っていいだろう。だからPentaxやPanasonicがソフトの開発を市川に委託している限り、それはもともと無理な相談だったのだ。
よってカメラの機能を完全に再現させるためにはメーカーが現像ソフトを自社開発するしかない。PentaxやPanasonicがそれをやってないのは、ソフトを開発する技術力がないか、コスト的に割が合わないかのどちらかだろう。いずれにせよ、メーカーにいくら要望を出そうとすぐには叶いそうもない問題だ。
自分が知る限り、現像ソフトの開発を市川に委託しているのはPentaxとPanasonicのほかに、富士もあるようだ。なるほど、点像復元技術がJPEGでしか使えないというのはそういうことだったんだな、大いに納得。Pentaxのエクストラシャープネスが使えないのも同じ理由だよね。そしてメーカーは公にはしていないが、NikonのCapture NX-Dも中身はSilkypixであることはマニアならみんな知っている。このソフトはなかなか良くできていて、カメラ側の設定もほぼ忠実に再現してくれるのだが、厳密に言うと現像エンジンはSilkypixのものだからやはり「模倣」であることには違いないはずだ。
すでにD7000は手元にないから再現実験はできないのだが、手持ちの写真でカメラのJPEGとNX-Dの吐き出す画像が完全に同一ではないことを検証してみた。いずれも一部をトリミングして、クリックすると等倍で表示する。
まずこちらはD7000が吐き出したJPEG画像。一応ピクチャースタイルは「スタンダード」であった。また高感度ノイズ低減はオフにしていた。
こちらがNX-Dで現像した画像。もちろん何も補正は行わず撮影時設定のままである。上の画像と比較してみると、まずコントラストが少し高いし、細部の解像感は明らかにこちらの方が良い。JPEGの方は細部が潰れてモヤモヤしてしまっているのがわかる。これは単純にシャープネスのかかり具合が違うという問題ではなく、後からシャープネスをかけてもやはり細部は潰れたままである。これはそもそもデモザイクのアルゴリズム自体が違うということだろう。もちろんノイズリダクションのアルゴリズムも違うだろうが、この写真の場合はノイズリダクションをオフにしているのでその影響はないと思う。やはりカメラが吐き出すJPEG画像とNX-Dで現像した結果は、エンジンが別物なのだから完全に同一ではないということを証明しているだろう。
それならばNikonのカメラに付属するもう一つの現像ソフト、View NX2で現像するとカメラと同じ結果が得られるのではないか?と考える人も多いだろう。それは「Nikonが作っている」と思えるからだ。そこでこれも実験してみた。
これがView NX2で現像した結果だが、驚いたことにNX-Dと寸分違わない画像を吐き出す。解像感はもちろん、Photoshopでヒストグラムを比較してみてもピッタリ重なる。つまり完全に同じ画像だ。これまでView NX2はNikon純正のソフトだから当然カメラと同じアルゴリズムを使用しているのだろうと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
つまりView NX2も中身はSilkypixのエンジンを利用している可能性が高いということだ。これはいつからそうなったのかはわからない。D7000に付いてきたView NX2はすでにアンインストールしていたので、Nikonのサイトから最新版をダウンロードしてきたのだが、最近のバージョンはCapture NX-Dと同じエンジンに変更された可能性がある。ということは、Nikonでも現像ソフトでカメラと同一の結果を得ることは事実上できなくなったということなのだろう。我々が知らなかっただけでもともとSilkypixだったのかもしれないが・・
またD7000は古い世代の画像処理エンジンだから、処理を高速化するためにデモザイク処理を簡略化している可能性もあり、そのせいでJPEGの画質が眠いことも考えられる。当然パワーのあるPCの方が複雑なデモザイク処理が可能だから解像感も高まるわけだ。しかし最近の画像処理エンジンは処理能力も向上しているので、JPEGとRAWの画質差が縮まっている可能性もある。もし最新機種をお持ちの方であれば、その辺も検証してみると面白いかもしれない。
さて次は現像ソフトを自社開発しているOlympusの検証である。Olympus Viewer 3は一部にドケチ仕様が見られるものの(笑)、アートフィルターも含めて基本的にはカメラ側の機能を完全に再現させることができる。これまでカメラが吐き出すJPEG画像とOlympus Viewer 3が吐き出す画像は極めて近いという実感を持っていたが、詳細に比較してみるとどうだろう?
そしてこれがOlympus Viewer 3で現像した画像。もちろん補正は一切なしで撮影時設定のままだ。上の画像と比較して色調、コントラスト、解像感ともに寸分違わないことがわかる。Photoshopでヒストグラムを表示させるとごくわずかな違いは見られたが、それはJPEG保存に伴う損失によるものだろうから実質的な差はない。
つまりOlympus Viewer 3はカメラとまったく同じアルゴリズムで処理しているということが確認できた。したがってシャープネスやノイズリダクションもカメラ側の設定を忠実に反映すると考えて良い。ファインディテール処理とかも当然効いているのだろう。これはソフトを自製しているからこそ可能だったわけだ。
自分はことあるごとにOlympusのドケチ体質を槍玉に挙げているが(笑)、これだけは賞賛に値する。カメラの機能をフルに発揮できてこそRAW撮影する意味が出てくるのだ。それができないメーカーは中途半端としか言いようがない。
マイクロフォーサーズはOlympusかPanasonicかで悩む人が多いのだろうが、少なくともRAW現像環境について言えばOlympusの方がはるかに優秀であるということはいえる。Panasonicを買おうと思っている人はちょっと考えた方がいいかもしれない。