写真論

写真はもう終わりか?

投稿日:2017年11月5日 更新日:

春にK-S2を買ったけど、桜撮影以来まったく触ってない。もう使い方も忘れてるくらいだ(笑)。何で使わないのかと言えば、要するに撮るものがないから。自分にはテーマというものが全くない。それが最大の弱み。撮りたいものがないから気合入れて一眼レフ持って行くこともなく、ミラーレスで良いかということになる。最近はそれすらも面倒になってスマホで済ませてしまったりする(笑)。

本当に撮りたいものってないんだ。写真って基本的にどっかに行かないと撮れないものでしょう? そりゃ旅先で廃校とか昭和の風景に出くわしたらとりあえず撮るけれども、それが目的で行くってことはないんだ。そもそも旅行に行くこと自体がめんどくさい(爆)。ネイチャーなんてまったくやる気はないし、どこも行き尽くしてしまってもう行くところがなくなった。だから新鮮味が全くないし、いちいち写真を撮ろうなんて気にもならない。観光地とか行ってもたいがいは素通りである。だってもう撮り尽くしてるからお決まりの写真なんか撮ってもしょーがないんだ。

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もし本当に撮りたいものがあるならそれを目的に旅行することもあるのだろうが、今はそんなものが何もない。だから旅行も目的がなく、モチベーションは限りなく下がってしまった。これほどまでに下がったことは未だかつてない。そして撮りたいものがなくなると機材を買う必然性がなくなる。本来は撮りたいものが先にあって、それに適したカメラなりレンズを購入するというのが筋だからだ。かくしてカメラ物欲は限りなくゼロに近づいた。

しかし写真という趣味の特殊性は、必然性にかかわらず機材への物欲が先行するところにある。つまり写真に行き詰まると手段と目的の逆転現象が起きるのだ。実際のところ、「写真が趣味です」という人間は正確に言うと「カメラを買うのが趣味です」と同義であることが多い。世の中のカメラマンの半分以上はそうだろうと思っている(笑)。要するに写真なんてどうでも良く、カメラを買って物欲を満たせればそれで満足しちゃうタイプ。もちろん人間の欲望には限りがないから、一度買ったらそれで終わりということはなく、死ぬまで買い続けるしかないんだけどね(爆)。

撮るものが何もなく、写欲がゼロになったとしても、物欲だけは消えないのがこの趣味の特殊性である。しかし今の自分はついに物欲までゼロになった。それはなぜか? 要するに軍資金が底をついたからである(爆)。もはやカメラもレンズも一切買う余裕はない。そこまで追い詰められている。物欲が生じるのはそれを買える余裕があるからなんだ。金のないところに物欲が沸く余地などあるわけがない。どうしても物欲が断ち切れない人は一度無職になってみればいい(爆)。生活が苦しくてカメラのことなんか考える暇もなくなるから・・

そこで気づいたんだ。撮りたいものがあるからカメラを買うのではなく、カメラを買うから写真を撮りたくなるんだということ(爆)。ほとんどのカメラマンにとってこれは真理であろう。常に物欲が先行し、撮りたいものは後付けでついてくる。新しい機材を買えば写真を撮りに行きたくなるのが人情というもの。しかし今の自分にはそれができないから写欲もゼロになる。結局、写欲が消滅したのは金がないからに他ならない。もちろん旅行するにも金がかかるし、すべては金のせいなんだ。金がなければ何もできない。

したがって、写真という趣味が復活するには金持ちになる以外に方法はない(爆)。しかし自分にとってこれは限りなく不可能に近い。この貧困が続く限り、写真趣味が復活することはない。そしてブログも終了するしかないのだ(爆)。

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