デジタルカメラ

コンデジかミラーレスか、それとも一眼レフか?

投稿日:2013年11月3日 更新日:

「でかいカメラはクソの役にも立たない」これは自分の長年の写真生活の中で培われてきた持論であり、今後も変えるつもりはない。大きいカメラほど使えるシチュエーションが限られ、出動回数が減少する。この世にまったく変わらないものは何一つなく、カメラというものは一期一会の出会いを切り取るものだから、その場にカメラが存在していなければ何の意味もない。だから常に携帯できる小型カメラほどチャンスを捉える可能性は高い。そういう意味では一眼レフよりコンパクトカメラ、さらに言えばスマホこそが最もチャンスに強いカメラと言えるだろう。よく災害現場などで決定的瞬間を捉えた写真はスマホや携帯電話で撮影されたものが多いが、常に携帯できるということがいかに重要であるかを物語っているといえるだろう。

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一眼レフというものはレンズが前に出っ張っているから携帯性が悪い。それでもフィルム時代の一眼レフは今ほど大きくはなかった。時々MF一眼レフを出してみると、その小ささ、特に薄さには驚いてしまう。これで135フルサイズなのだ。デジタルというだけでなぜこれほど大きくなってしまうのか? というより、「デジタルだから仕方がない」という理由で大きいことが黙認されてしまっているのではないか? メーカーには小さくしようとする姿勢さえ感じられず、大きくて当たり前のような顔をされていることに違和感を覚える。

フィルム時代には高級コンパクトというジャンルがあって、一世を風靡したことがある。一般のコンパクトカメラは望遠端でF11に達するような超暗いズームが付いたものが普通だったが、「高級」と付くからにはF2.8クラスの大口径単焦点レンズを装備し、露出のマニュアル制御ができることがステータスであった。当時ミノルタ、リコー、コンタックス、ニコンなどが高級コンパクトを発売しており、今も持っているコンタックスT3もその一つである。

コンパクトカメラといっても一眼レフと同じ135フィルムを使うわけであるから、画質的にはまったく見劣りのするものではない。むしろ専用設計された高性能レンズの威力で一眼レフをしのぐ描写力を見せることも珍しくなかった。だから普段の持ち歩き用や極力荷物を少なくしたい旅行にはこういった高級コンパクトが活躍した。ただそれでも一眼レフを使う理由は、いろんなレンズが使えるという魅力はもちろんあるが、それより正確にフレーミングができるという理由が最も大きかった。フィルムのコンパクトカメラというのはファインダーが別の光学系になっているから、一眼レフのように撮影画面がそのまま見えるわけではなく、視野率が小さかったり、パララックスの影響で実際の画面とズレが生じる恐れがあった。それで特に構図を重んじる風景写真では重くても一眼レフは手放せなかったのである。

そこで登場したのがデジタルのコンパクトカメラ、いわゆるコンデジである。これまでコンデジはその黎明期から次々と買い換えてきたが、最初に買ったのは何とデジカメの元祖と言われるカシオQV-10Aである(正確に言うと改良型の2代目にあたる)。初期のコンデジ(当時はそんな呼び方はしなかったが)は画素数が35万画素程度しかなく、とても写真とは呼べない代物であった。100万画素、200万画素の時代になってもまだまだ色再現性が悪く、とても使えるレベルではなかった。しかもこの頃のデジカメはコンパクトとは言えないほど大きかった。おそらく今見たら笑えると思うが、両手で持たなければいけないほど巨大なものであった。それが初めて実用になると感じたのは、キヤノンのPowerShot S30が最初である。これは300万画素であったが、色再現性がそれまでのデジカメに比べて飛躍的に向上しており、ようやく「写真」として認められるものになってきた。今どきのコンデジに比べればそれでもかなり大きかったが、ようやく許せる大きさになったと思えたのもこの頃が最初だった。それまで旅行にはフィルムカメラしか持って行ってなかったのだが、コンデジを携帯するようになったのもこの頃からだ。

ただし1000万画素の時代になってもまだまだフィルムより画質は悪く、本命の写真はフィルムカメラで撮るが、どうでもいいような記録写真はコンデジで撮るという使い分けをしていた。いくら昔に比べれば良くなったとはいえ、やはりコンデジの画像は作品として残せるレベルにはほど遠かった。コンデジというものは豆粒ほどのセンサーに1000万画素以上を詰め込んでいるから画質が悪いのは当然である。むしろ高画素化のせいで画質は悪くなる一方と言えるだろう。フィルム時代のコンパクトカメラとの違いはここにある。つまり、フィルム時代はカメラを小さくしてもフォーマットそのものは変わらなかったから、コンパクトカメラとはいえ135フルサイズには変わりない。当然、同じフィルムとそれなりのレンズを備えれば一眼レフと遜色のない写真を撮ることは可能であった。ところがデジタルになると、カメラの大きさに応じてセンサーサイズも変わる。だからセンサーが極小のコンデジはどうやっても大型センサーを搭載した一眼レフには敵わない。画質で言えば月とスッポンほどの差があると認識してきた。デジタルでフィルムに匹敵する画質を手に入れるには、一眼レフへ行くしかなかったのである。

そこで初めてデジタル一眼レフに参入したのが2009年のこと。ここでもやはりでかいカメラへの抵抗があったから、当時最も小型であったフォーサーズに目が向いたのは自然なことである。フォーサーズの先進性と将来性を信じ、E-520を購入した。そして2013年、オリンパスはフォーサーズを裏切った。E-P1が出た当時、当面はマイクロに注力するが、フォーサーズとマイクロフォーサーズは車の両輪として共に継続していくと宣言していたことを決して忘れない。ユーザーとの約束を簡単に反故にするこのようなメーカーは絶対に信用してはいけない。いつまでも恨んでやる。

というわけでオリンパスと決別し、他社に移行することを決意した。そして次の移行先として選んだのがペンタックスであり、K-50が購入対象に決まった。そこまでは良かったのだが、実際に買うのはもう少し値下がりしてからだ。無事に手に入れられることを望んでいるが、それまでに気が変わってしまうことが最大の障壁である。ここへ来てちょっと気がかりなのが、高級コンデジの存在なのだ。これまでコンデジなんて画質が悪すぎて話にもならないとバカにしていたが、最近の高級コンデジはちょっと違う。何しろAPS-Cまたは1型、2/3型といった一眼レフと同等、またはそれに近いサイズのセンサーを搭載した機種が次々と登場してきたからだ。それなら画質も一眼レフと大差なさそうだから、この際一眼レフをやめて高級コンデジという選択もあり得るかもしれない。でかくて使わない一眼レフより、毎日使えるコンデジの方が利用価値は高いと考えられるのだ。

かつてコンデジで大型センサーは不可能と抜かしていたメーカーがいたが、フィルム時代は同じサイズのフィルムを使っていたのだからできないはずはないと信じていた。それをやらないのは単にメーカーの怠慢に過ぎないとしか思えなかったのだ。そしてシグマがDP1で初めてAPS-Cサイズのコンデジを実現し、ソニーはRX100で史上初のズームレンズ搭載をやってのけた。やはり、やればできるのである。初めからできないと言うな!

ただ、これらの高級コンデジには致命的な欠点がある。それは価格の高さだ。どれも軒並み普及クラスの一眼レフがレンズ付きで軽く買えてしまう以上の価格設定がなされている。性能的には、センサーサイズから考えると当然一眼レフを上回るものではないことは容易に想像できるが、その割に価格が高すぎるのだ。これは一眼レフとミラーレスの関係とまったく相似である。本来ならミラーレスはペンタプリズムなどの光学的部品が要らないからコストが安くなるはずなのに、なぜか一眼レフと同じかそれ以上の価格設定がなされている。E-P3、E-P5、E-M1、E-M5などを「ぼったくり価格」と評するのもそのためだ。性能的にはAPS-C一眼レフを上回るものではないのに値段が高すぎる。同様にソニーのRX100(旧型)でさえ現在42,000円台を付けており、パナソニックのGX1電動ズームキットが35,000円台であることを考えると非常に割高に思えてくる。RX100はいくら高級コンデジといってもセンサーサイズは1インチだ。つまりフォーサーズよりも小さい。それならGX1の方がお買い得と考えてしまうのが貧乏人の悲しい性である。

もちろんカメラは小さければ小さいほど好ましく、小さいこと自体に価値がある。それは自分の持論とも一致するから否定はしない。値段の高さは小さいことへの付加価値と考えれば納得できる。しかし、それにしても価格設定が乱暴すぎると感じるのだ。特にRX100はズームレンズ搭載でかつ沈胴式という唯一無二の存在である。サイズ的には普通のコンデジを少し厚くした程度で、レンズが出っ張らないから携帯性にも優れている。だからこそ強気の価格設定ができるのだろう。つまりは「ぼったくり価格」だ。フジのX20やニコンのCOOLPIX Aなどもおっさんが食いつきそうなデザインであるからこそ、ぼったくり価格が可能になるのだろう。何度も言うが、性能的には一眼レフやミラーレスを上回るものではない。もちろん小さいことに価値を感じ、欲しい物に金を投じることは否定しないが、貧乏人にはそれは無理。貧乏人にとってはコストパフォーマンスがすべてなのだ。

そこで今一度、高級コンデジを買うことに価値があるかを検討してみたい。よくカメラ雑誌やレビューサイトでは「一眼レフ並みの描写力」と褒めちぎる声しか聞こえてこないが、そんなものを鵜呑みにしちゃいけない。自分の目で確かめ、考えることが必要だ。幸い、最近は海外のレビューサイトでRAW画像もダウンロードできるようになっているから、それを使って自分で評価することが手っ取り早い。比較の対象としては、RX100(旧型)、GX1、X20、そしてK-50を選んだ。

まず解像感に対しては、画素数の差があるものの、昼間の風景写真ではどれも大した差はないと感じられた。RX100は2000万画素の割にレンズ性能が高いのか、画像にキレがあるように思える。それに比べてGX1の電動ズームはやや描写力が落ちるせいか、周辺で甘い感じがするが、それも取り立てて言うほどではないレベル。少なくとも昼間の風景に関しては、なるほど「一眼レフ並み」と言っても差し支えない画質であると感じられた。

次に高感度ノイズの比較だが、これはJPEG画像ではノイズリダクションでごまかされてしまっているからRAWで比較しないと意味がない。Lightroomに取り込んでノイズリダクションをかけない状態で比較した。自分はそれほど超高感度を必要とするわけではないから、ISO800またはISO1600が使い物になるかどうかが評価の基準となる。すると結構面白い結果が得られた。特に興味深かったのはRX100とGX1の比較だ。RX100は1インチで2000万画素、GX1は4/3インチで1600万画素だから、セオリー的にいえばGX1の方が良いはずだが、一方でRX100はソニーセンサー、GX1はパナセンサーという違いがある。ご存じのようにソニーセンサーとパナセンサーでは高感度耐性に月とスッポンほどの差があるから、いくらセンサーサイズの差があろうとRX100の圧勝だろうと予想するのが普通だ。ところがどっこい、予想は見事に裏切られた。わずかではあるが、明らかにGX1の方がノイズの粒が細かく、ノイズ感は少ないのである。やはりセンサーサイズの差だけの分は確かにあると感じられた。同様に2/3インチのX20は格段にノイズが増え、2段くらいの差があると感じた。一方、APS-CのK-50を見ると圧倒的といえるほどノイズが少ない! やはりセンサーサイズの大きさは伊達じゃないのだ。センサーサイズは正直であり、センサーサイズなりの性能が出ているということを自分の目で再認識できた。

もちろん高感度ノイズだけがすべてじゃないが、1インチ<マイクロフォーサーズ<APS-Cという図式は正しいということが確認できた。つまりデジタルカメラの世界においては、大きいカメラにはそれなりの価値があるということなのだ。したがって高級コンデジは性能と価格を天秤にかけるとあまりにもコストパフォーマンスが低すぎて選択肢から消える。G6とK-50を比較しても、センサーサイズの大きいK-50の優位は変わらない。よってコスパ最高のK-50はまだ安泰だ。これを言いたかったのだ。(笑)

使わない一眼レフよりもいつでも携帯できる高級コンデジの方が価値があるとは冒頭に述べた通り。しかしメイン機としてはやはり画質最優先で一眼レフを持っておきたいという信念がある。これはフィルム時代からの名残だ。別にカメラは1台と決まっているわけじゃないんだから、必要に応じて使い分ければ済むだけの話。もちろん、だからといって無駄にでかいカメラは要らない。D7000みたいにセンサーが135より小さいくせにフィルム時代のフラッグシップ機と同じサイズなんてばかげている。あくまでもセンサーに見合ったサイズであることが重要。だからこそK-50の優位は揺るぎない。無事にK-50を手にするまで、どうかこの決意が変わりませんように・・(爆)

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