廃景

いつまでもあると思うな

投稿日:2012年8月25日 更新日:


長野県大鹿村 2012年7月 E-620 / ZUIKO Digital 14-42mmF3.5-5.6

長野県大鹿村の国道沿いで見つけた物件。何の建物だかはよくわからない。作業所か集会所といったところか? もしかするとかつては分校だったのかもしれない。しかしその立地がかなり不思議である。ここは周りに民家らしいものもない完全な山の中で、この小屋だけがポツンと建っているのだ。かなり古びてはいるが、今も使われていそうな雰囲気さえある。実はこの物件は1年前にも見つけていたのだが、その時は撮らずに通り過ぎてしまった。そして今年もう一度同じ場所を訪れるとまだ残っていて撮ることができた。しかし、そういつもうまく行くとは限らないというのが今回の話だ。

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廃墟というか、昭和の痕跡を残すものを撮っているわけだが、これまでに撮り損なった悔やんでも悔やみきれない物件が2つある。その一つは1994年のこと、三重県飯高町(現松阪市)の蓮という廃集落で見つけた分校跡だ。この集落は蓮ダムの建設によって廃村となり、現在誰も住んでいる人はいない。その頃は廃墟を撮るという趣味自体がなく、ただサイクリングで訪れただけなのであるが、人っ子一人いない山奥にポツンと小学校が建っているのに気づいた。それは山の分校で、おそらく生徒も数人かそのくらいの規模だろう。木造の校舎はそのまま残っていたし、ごく小さな運動場には鉄棒が残っていたのを覚えている。それはいかにも映画のロケで使われそうな雰囲気の良い分校であった。ところが、その頃は写真といえばネイチャーしか頭になく、そういうものを撮るという発想自体がなかったのである。もちろんカメラは持っていたのだが、結局1枚も撮らずにその場を後にした。

それから9年経った2003年のことである。ふとその分校跡のことが気になって、再びその場所を訪れてみた。するといくら探してもなかったのである。あるのはただの更地だけ。これといった目標物もないので場所を間違えたのかとも思ったが、よく見ると記念碑的なものが草に埋もれて残っていた。それは紛れもなく9年前に見たものと同じであった。これで初めて取り壊されたことを確認したのである。その更地には工事車両が何台か停まっており、おそらくごく最近になって取り壊されたような雰囲気だった。一足遅かったのであるが、9年前になぜ撮らなかったのか悔やまれてならなかった。その時、記念碑だけは撮ったはずなのだが、後にハードディスクがクラッシュしてその写真すら失ってしまった。今行っても残っているかどうか定かではない。

もう一つはそんなに昔のことではない。おそらく10年以内のことだ。それは自宅のすぐ近くにあった古い映画館である。本当に徒歩5分以内の超近所だ。そこは古い街並みが残る旧市街なのであるが、表通りからちょっと横へ入った路地に面して廃業した映画館があった。普通に歩いているとちょっと気づかないような場所なのだが、たまたま看板を見つけて立ち寄ってみたのだ。そんな場所に映画館があったこと自体が意外だったが、廃業してかなりの年月が経っているであろう古い建物だった。いかにも昭和の香りがあふれていた。ところが、その時はカメラを持っていなかったので写真も撮らなかった。あまりにも近所だからいつでも行けるという気持ちがあったのだろう。それから何ヶ月後だったかわからないが、おそらく一年も経っていない頃だと思う。その映画館を撮りたいと思ってカメラを持って出かけたのだ。すると跡形もなく取り壊されて更地になっていた・・。また同じ失敗を繰り返してしまった。これは自分の住んでいる町の歴史を物語る貴重な資料であったのに、逃した魚は大きい。

その二つの失敗から一つの教訓を得た。それは「廃墟はいつまでもあると思うな」という当たり前のことである。歴史的な遺物は保護の対象であるから決してなくなることはないが、現代の遺物は用がなくなれば人々から忘れ去られ、やがて朽ちて壊されていく運命を背負っている。だからいつまでもあると思ってはいけない。「後で」という考えは失敗の元。廃墟は「見つけたらすぐ撮れ」が鉄則である。極端な話、明日取り壊されているかもしれない。たとえ今は興味のないものであっても、とりあえず撮っておくことが大切だ。自分の興味なんて後からいくらでも変わる可能性があるのだから、それがいつか宝に化けることは十分あり得る。それを痛感させられる出来事であった。

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